漆黒 能代 sikkokunosiro’s diary

主に思い出を書いています。いつか現在に追いつきます。

セリヌンティウスの三日間

セリヌンティウスは縄打たれた。暴君ディオニスが言った。

セリヌンティウスよ。お前はあのような薄情な友を持った、不幸な奴じゃな。どうせあと三日で消える命だ。飯は好きなものを食ってよいぞ。はははは。」

セリヌンティウスは全く動じず、メロスは来ますとだけ答えた。部屋に入られたセリヌンティウスはふっとほくそ笑んだ。ディオニスめ、メロスの正直さを知らないな。彼が私を裏切ったことは一度もない。おそらく今回も、三日目の昼あたりに帰ってくるだろう。ディオニスの驚く顔が楽しみだ。もしかすると、王が自分の考えを改めてくれるかもしれぬ。感謝するぞ、メロス。考えのまとまったセリヌンティウスはそっと床についた。

一日目。起きると薄暗い部屋の中である。昨夜人質としてとらえられたことを思い出した。そういえば今日は大事な石工の仕事の期限日だ。昨日までで二分の一しか終わっていなかったが大丈夫だろうか。今頃フィロストラトスは土下座でもしているだろうか。まあ彼のことだからうまく切り抜けているだろう。それにしてもここのところ徹夜続きだったのでずいぶん長く眠ってしまった。腹が減った。見張りに食べ物を注文しよう。

そして、運ばれてきたおいしそうな料理をさっそく食べ始めていると、ディオニスが再びやってきて、こう言った。

「ふふふ。一日目はもう終わりそうじゃな。もう一度言うが、メロスは来ぬぞ」

「まだ一日目です。初日で帰ってくるなら三日も期間をとったりしません。明後日、

メロスは必ず帰ってきます」

「ふ、どうとでも言っておれ。……ところで、お前はおとなしそうな性格だから、てっきりパンやスープを頼むと思っていた。しかしお前が今食っているのは、フィレミニオンステーキのレアではないか。けっこうな値段するぞ」

「王が何でも食べていいといったではないか前言撤回は人として恥ずべき行為ぞ」

ぐぬぬ。しかし、肉だけならまだしもお前が飲んでいる酒はエントリーア・テレスから取り寄せた最高級の美酒ではないか。わしでもまだ飲んだことがないんだぞ。死ぬ前にたらふく食べたいのはわかるが、できれば高いものを、というのは前言撤回よりも、

恥ずべき、醜い思想ではないか」

セリヌンティウスは酒を一気飲みしながら答えた。

「何を言う。人のお金で食う飯は最高にうまいのだ」

王はあきれた様子で帰っていった。おなかいっぱいになったセリヌンティウスは再び眠りについた。

二日目。すっかり疲れのとれたセリヌンティウスは暇でしょうがなかった。そこで見張り二人とディオニスを誘い、麻雀をし始めた。ディオニスが言った。

「明日死ぬというのにこんなことに時間を使っていていいのか。祈りでもささげたほうが身のためなんじゃないのか。リーチ」

「お前がなんといおうとメロスはくる。それを信じて待つだけです。ロン」

「なにい。国士無双十三面だと」

「親のダブル役満で王の負けです」

「くそう。もう一回じゃ」その後も麻雀は盛り上がり、夜中の十時にようやく決着。二日目を終えた。

三日目。朝起きると、セリヌンティウスは刑場に連れていかれた。そこにフィロストラトスがきており、話しかけてきた。

セリヌンティウス様。大丈夫ですか。ご友人のメロス様は本当に来るのですか」

「ああ、心配するな。メロスは必ず来る。それよりもお前は仕事に戻れ」

フィロストラトスは少し安心した様子で帰っていった。部屋に戻ったセリヌンティウスはフォアグラをかじりながら考えた。今、ちょうど昼くらいか。もう着いていてもおかしくないはずだが。きっと町で買い物でもしているのだろうな。三時くらいまで気長に待つか。そして食事を終えたセリヌンティウスは見張りと、からかいにきた王を誘い、花札を始めた。初めのうちは月見で一杯や猪鹿蝶をあがる絶好調ぶりだったがふと時計を見ると、三時をまわっていたことに気がついた。

「おいディオニス。ここの時計壊れてるぞ」

「何を言うておる。お前が時間を忘れて花札に熱中しておっただけであろうが」

「何。とすると、なぜメロスはまだ来ないのだ」

「最初からそう言っておろうが。やつは来ぬと」

今までなら、メロスは来ますと返せていたセリヌンティウスも今回ばかりは少し考えた。なぜ来ないんだメロス。買うものを悩むのにもほどがあるぞ。まさか、メロスは本当に私を裏切ったのでは……そこまで考えてセリヌンティウスは、はっとした。今私は友を疑ってしまった。疑うことは恥だと、メロスに教わっておきながら、メロスを疑った。彼は今必死でこの町に向かっているかもしれないのに。すまんメロス、許してくれ。それ以上考えてもきりがないのでセリヌンティウス花札に集中することにした。

そしてついに日没まであとわずかとなった。セリヌンティウスは刑場まで引っ張り出され、はりつけにされた。しかしもうメロスを疑ってはいなかった。彼は昔からヒーローになりたいと言っていた。おそらく今回は日が沈むぎりぎりでさっそうと登場する作戦なのだろう。

あと十分ほどで日が沈むというときに王が話しかけてきた。

セリヌンティウスよ。お前は麻雀でも花札でもわしをこてんぱんに負かしていたが、最後の最後で、人生の賭けだけはお前の負けのようだな。まもなくお前は死ぬ。人は疑うべきというわしの考えの正しさが証明されるのだ。ではわしは群衆からものをぶつけられそうだから避難させてもらう。さらばじゃ」

セリヌンティウスは、日が沈まぬよう、メロスが来るように祈った。そして吊り上げられる瞬間、ヒーローとはあるまじき格好ではあるが、友が刑場に入ってくるのを見たのである。生き残れることを確信したセリヌンティウスはほほえみ目を閉じた。その数十秒後、セリヌンティウスの縄はほどかれたのである。