漆黒 能代 sikkokunosiro’s diary

主に思い出を書いています。いつか現在に追いつきます。

代償夢

…あれ、なんだか今日はいつもと違う気がする。…ああ、わかった。写真がないんだ。殺したいほど憎んでビリビリにした、あいつの写真が。犠牲になった血の跡が。

なぜないのだろうと深く考えようとしない自分を不思議に思いつつ、制服に着替え、朝ごはんを食べる。やっぱり、いつもと同じなのかな。なんとなく楽しい気持ちになりながら髪の毛を整えていると、ピンポーン、と玄関のチャイムが鳴る。心がしずんだ。 

…ああ、いつもの感じ。

急いで準備をして家を出ると、自転車にまたがって立っている女の子がいた。

「おっそーい。五分も待たせて。もう音戸が先に学校行っちゃうじゃん。ほら、急いで。」

「ちょ、ちょっと待って、私もすぐ自転車出すから…」

「はあ、これ以上時間取らせる気なの。あんたは走ってついてくればいいでしょ。」

そういうと私の背中をどん、と叩きこぎだしてしまった。しかたなく走ってついていく。この子の名前は青井 光。私のクラス中心的存在だ、最低の。

私には友達が一人いる。この子じゃない。

しばらく行くと、前方に一人で歩いている音戸さんが見えた。青井は自転車から降りて私と同じペースで歩き始め、大きな声で話しかけてくる。

「そういえば愛夢ちゃんさー」

愛夢。私の名前。この子にはなれなれしく言ってほしくない。

「私がこうやって一緒に登校してあげるまでは大体一人で来てたよね。やっぱり一人はさびしい、悲しい、みじめなの。」

気色悪い笑みを浮かべながら話しかけてくる。これはすべて音戸さんに聞こえてくる。音戸さんは走って先に行ってしまった。それを見て青井はまた笑う。

「何あれーあいつに言ってたわけじゃないのにー。それで逃げ出すってことはあいつ一人なのみじめだと思ってんだ、オモロー。」

青井は人をいじめるのが大好きだ。まったくくもりのない目で嫌がらせを楽しんでいる。私は感じた怒りをこらえるため、右ポケットに手を入れる。そしてナイフの柄を握る。

「やっぱり悪いやつをたおすとスカッとするよね、ザマーみろって感じ。」

青井が言った。音戸さんはつい最近まで青井の仲間だった。でもそのときいじめていた枕手という子が不登校になり学校にこの問題が知れわたった。そこで青井は音戸さんを生贄にした。首謀者は音戸だとでってあげ、責任をすべておしつけた。そして本人は、正義面で音戸さんへの攻撃をくりかえしている。この事実は青井の仲間しか知らない、と思ってこの女は私に音戸さんへの嫌がらせを協力させようとしてるんだろうけど、私に野茂こいつの知らない事実がある。

私の、唯一の友達は、枕手ちゃんだ。私が以前一人だったのは一緒にいたら私までやられるからと、枕手ちゃんが私と離れてくれていたからだ。それから、青井の笑った顔を見ると飛び掛かってグシャグシャにしたい衝動に駆られる。でも、鉄の柄でできたナイフをさわると怒りが金属に吸収されるように冷静になれる。

「ねえ、最近私すっごくイキイキしてるんだー。」

ナイフを握る。

「悪をまっこう勝負でたおす、女番長ってかんじ。いじめっ子の音戸とか、愛夢ちゃんは知らないだろうけどいっつも偉そうにしてた伝肢ってやつとか。あ、そうだ、枕手なんて子もいたっけ」

ナイフを強く握る。

「あの子、なんが気持ち悪かったんだよねー。全然しゃべんないし4,動きもちょっとおかしいし。いなくなってよか」

やっぱり今日はちょっと変だ。ナイフが熱く感じる。過去にこらえた情動が手に流れ込んでくるみたい。世界もおかしい。景色がところどころゆがんでる。…自分を上から見下ろしているのもなぜだろう。

一度だけナイフを使ったことがある。あまりに怒りの気持ちが収まらなかった日、勝っていたハムスターを一匹、殺した。変にやわらかくて、刺してる間も筋肉がぶにぶに動いてて、心が痛んで、気持ち悪かった。でも、たぶん、あの気持ち悪さは、私がハムスターを憎んでいなかったからだ。嫌いなやつをグシャグシャにすること、こんなに気持ちいいんだね。

……。気がつくと私は、自宅の、ベットの上にいた。あたりを見回すと、ビリビリの写真が、ちゃんとある。

「なんだ……夢かあ……」

制服に着替えた私は、ナイフを刺す動作をしながらあいつが来るのを待つ。