漆黒 能代 sikkokunosiro’s diary

主に思い出を書いています。いつか現在に追いつきます。

キミに乾杯

「ただいま~」

「おかえり~。仕事お疲れ様」

「いやいや君だって。あれ、今日仕事早く終わったの?」

「まあそんなところ」

今僕の前にいるのは僕の妻の亜美(あみ)。仕事しているのに気づいたら終わってるくらいに家事もできるすっごくたのもしい人。うん?今ちらっと僕の手もとを見た…あ、からの弁当箱早く出せって催促してるのかな。

「ごめんごめんこれ僕が洗うからさ。君はゆっくりしてて」

「あ…うん。じゃあ夜ご飯作ろうとしてるところだったからもどろうかな。今日のごはん期待しててね」

控えめに握りこぶしを胸の前につくってもどっていく。しっかり者で助かるんだけどいつも足引っ張ってばかりで申し訳ないなあ。

かばんから包みをだしていると亜美の声が響いた。怒鳴られたのかと思ってびっくりしたけど、どうやら電話しているみたい。会社の人からだろうな、なぜか僕以外に対しては語調強いんだよなこの人。

「なにあったの」

電話を終えて納得いかなそうな顔をしている亜美に話しかける。

「『書類に不明瞭なところがあるから今から会社にもどってきて教えて』だって。ばかにしてる」

「…まあ、会社すっごい近いからね。そういう使い方されてもしかたないよね」

「近いって言っても行くの十分以上かかるのに」

「うん。…とりあえず、会社…行って来たら?」

「え、でもそしたらごはんが…」

「いいっていいってそのくらいでおなかと背中がくっつく貧弱な胃袋ではございません。それにスッキリしたあとでごはん食べたほうがきっとおいしいよ」

あきらかに不服そうな亜美をなんとか会社に向かわせ、台所の前に立つ。ふっふっふ。予期せぬいいところ見せるチャンス到来。もしこれで会社からもどってきたとき、僕がすでにご飯作り終えてたら絶対びっくりするぞー。…さあ、だが困った。何を作るのか聞いてなかった。勝手に違うもの作ってたらがっかりされちゃうな。はっ。台所には亜美が調理途中の食材や使う予定のもの、器具もある。ここから予想できるかも。これは、ダイイングメッセージならぬ、ダイニングメッセージやー。…はいバカなこと言ってないでさっさと考えましょう。えっと、ここにあるのはじゃがいも、ひき肉、たまねぎ、卵、パン粉、しょうゆか…。う~ん僕が好きに作れって言われたらコロッケだけど…亜美が好きなグラタンもあり得る。はたまた別の…。よしっ、悩んでもしかたないし、早く決めてつくっちゃうか。間違ってたらごめ~ん。

はあっはあっ。会社からの帰り道を走って帰る。空気が冷たい。雪もちょっと降り出したみたいだ。…「不明瞭なところ」って単なる誤植かよ。そのくらい自分たちでなんとかしてよ。しかもそのあとつまらない世間話のせいで長引いたし、本当にもう…

痛っ

走りながら時計なんか見たからこけてしまった。けがはない。でも、もう走る気力もない。…ごはんだいぶ待たせちゃってるな。コロッケ…作ったら喜んでくれると思ったんだけどな…。はあ…今日…結婚記念日なの、覚えてくれてるのかな…。うつむきながら歩く。なんだかひどく悲しくて寂しい。

暗い気持ちは寒さのせいだったということにしよう。家に入ると暖かい空気と、…おいしそうなにおいがしてきた。そして元気な顔がでてくる。

「おかえり、ちょうどできあがったところだよ、きてきて」

リビングに入ると、机の上に湯気の立ったグラタンが置かれていた。

「ごめんパン粉の使い方わかんなかったからいれなかったよ。しょうゆは隠し味に。どうぞ、召し上がれ」

ぱくっ あついあつい

「…おいしい」

「よかった。そうだ、これプレゼント。覚えてるかわかんないけど、今日って結婚記念日なんだよ」

包みから出てきたのは、ワイン。

「ジャジャーン。いいお酒だぞ~。おこづかい節約して買ったんだ~。…あれ、なんでそんなに笑ってるの」

「え?あ、自然となってた」

「そっか…まあいいや」

グラスにお酒を注ぐ。

「じゃ、二人の記念日に、乾杯!」

「うん!」

カチーン